広島原爆体験VR:終戦記念日に向けて見てほしい5つの動画「怖い」体験は抑止に繋がる?

日本では毎年8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と定め、一般的にはこの日を「終戦記念日」「終戦の日」と呼んでいます。

1939年から勃発した人類史上二度目の世界大戦である「第二次世界大戦」は、1945年8月6日にアメリカ軍が日本の広島県広島市に、そして8月9日に長崎県長崎市に原子爆弾を投下してから約一週間後の8月14日、日本政府が世界に対して降伏宣言。翌日8月15日に昭和天皇による玉音放送によってポツダム宣言受託を国民に向けて表明したことで、約6年に渡って続いた戦争は終結を迎えました。

1945年8月6日と9日に行われた原爆投下による被災者および死者の数は延べ60万人以上。

また、第二次世界大戦中の軍人・民間人での被害者数は世界で約8千万人ともいわれ、当時の世界においての人口の約2.5%が戦争という行為により命を絶たれることとなりました。

科学技術=テクノロジーの側面から見れば、戦争はある意味技術的な進歩を遂げるための起点となるという見方もできます。

ですが、震災や大雨による天災によって被災者が出るのであればいざ知らず、人間同士の思想のズレから発生した争いによって、これだけの被害者が出てしまうのは、改めて愚行であったとしかワタシには思えません。

あなたは、どう思いますか?

戦争の悲惨さを忘れないために

日本においては8月15日の終戦記念日に、毎年テレビでの終戦記念特番が組まれたり、広島市、長崎市での原爆被害者に対しての慰霊式の報道、そして、総理大臣から国民に向けての挨拶などが行われています。

すでに終戦から70年以上の年月が経ち、次は80年を迎えようとしていますが、戦争という悲劇を忘れないためにも、この風習は日本という国がある限り、永遠に継続していってほしいものです。

そんな思いから、ぜひとも多くの人に見てもらいたい「戦争の悲惨さ」を表したVRも含む動画を集めてきました。

忘れてはいけない風習を、風化させないためにも、観てほしい動画です。

現代の高校生が「原爆」と正面から向き合いました

1945年8月6日にアメリカ軍は原子爆弾「Little Boy(リトル・ボーイ)」を、広島県広島市に午前8時15分、投下しました。

それから73年後の2018年。地元、広島市の「広島県立福山工業高等学校」の生徒のみなさんは、原爆の惨状を多くの人びとに知ってもらおうと、2年以上の月日をかけて「原爆体験VR動画」を作成しました。

5分間のVR動画は、1945年8月6日の広島市を舞台に、原爆の投下前と投下後が体験できるようになっています。

タイトルは「VR爆心地」

動画の内容は、まさに当時の一般市民のひとりの日常を追体験するかのようなものとなっています。

なにか用事を頼まれたのでしょうか? 本安川のほとりを歩き、郵便局を訪れ・・・と動画が進むと、突然、世界は真っ白に光り輝き、次の瞬間、青空は暗闇と化し方々から煙と火の手が上がる惨状に。

VRヘッドセットを使用し360°見回せる状態で動画を見ると、原爆により建物が焼かれ、自分の逃げ場がどこにもないことがとてもリアルに体験することができます。

福山工業高等学校の生徒さんは、リアルな街並みをVRの世界に作りこむために、市の歴史写真や絵葉書を参考にしたとのことです。

学業もしながらのVR動画制作、とてもご苦労されたでしょうけど、後世に原爆の悲惨さを伝えられる動画、たいへん素晴らしいと思います。

Japanese Students Recreated Hiroshima Bombing In Virtual Reality | TIME

VRのもつ表現力の強み

「言語がなくても、いったん映像を見ると分かります」

この言葉は、原爆VR動画プロジェクトに携わった福山工業高等学校の生徒さんの言葉です。

VR映像は、焼け落ちる広島産業奨励館(現在の原爆ドーム)や、自分を包み込む業火が映し出されます。

生徒さんの言葉通り、戦争の悲惨さを言葉巧みに説明するよりも「体験」してもらうことが、なによりも一番ココロに伝わることなのではないでしょうか。

少なくとも、この映像から原爆被災者の方々が体験した「恐ろしさ」は、言葉の壁を超え、世界中の誰もが感じることが出来ると思います。

原爆ドーム 産業奨励館 原爆 広島 VR爆心地 atomic bomb

VR体験会を開催中

福山工業高等学校の学生さんは制作した動画を活用し、地域イベントなどでたくさんの方にVRでの原爆体験をしてもらっています。

以前は、福山工業高等学校のホームページにVR動画の圧縮ファイルが存在したのですが、イベントで使用するために現在は置いていないのかも・・・?

「VR爆心地」の動画を文章で紹介しておきながら、実際のVR動画がないのはたいへん申し訳ないのですが、もし機会がありましたら福山工業高等学校計算技術研究部の開催するVR体験会に参加して、実際のVR動画を体験してみてください。

広島県立福山工業高等学校 ホームページ

広島原爆ドームを中から見ることができるVR動画

続いて紹介するのは、YouTubeにあるVR動画です。

動画はVRヘッドセットやゴーグルを使用すれば360°見回せることが可能です。

また、それらの機器を持っていなくても、スワイプやマウスでの画面スライドにより風景を見回すことが可能です。

上の項目で福山工業高等学校の生徒さんがCGにより復元させた美しい広島市の町並みが、一発の原子爆弾によってここまで荒廃してしまう。

戦争の与える悲惨さを、原爆ドームという建物はその姿により後世のワタシたちに伝えてくれます。

原爆ドーム内を体験!?広島の世界遺産「原爆ドーム」の中が見れるVR動画

「怖い」は戦争の抑止になる? 終戦23年後に生まれたアニメ作品

次の動画は、わたしが小学校に入学したばかりの頃に出会ったある絵本をきっかけに知った作品です。

動画を紹介する前に少しだけ・・・わたしとその本との出会いについてお話させてください。

お話は、わたしが小学校に入学したばかりの頃の思い出です。

学校の図書室で出会った一冊の絵本

入学してから間もなく、小学1年生になりたてのわたしたちは、6年生と1年生ひとりずつのペアで学校内の施設案内をしてもらいました。

体育館やプール、給食室などを見て回るのですが、一緒にまわった6年生のお姉さんと図書室に行った時のことです。

本の借り方や返し方を教わったあと、お姉さんが突然こんなことを言ってきたのです。

「怖い本があるんだけど、見てみる?」

幼いわたしは、わけもわからず首を縦に振ったのでしょう。お姉さんに連れられて、ある本棚の前まで行きました。

その中からお姉さんは一冊の大きめな絵本を取り出し、机の上に置きました。わたしとお姉さんは椅子に腰掛け、本のページをゆっくりとめくっていきました。

絵本には文字がなく、少し昔の日本人の生活風景が描かれていました。

子供をあやすお父さんの姿や、仕事に向かう人々の姿。

途中に軍人さんの姿もあり、幼心にもこの物語が戦争中のものであることを知りました。

わたしがぼーっと絵を眺めていると、お姉さんが言いました。

「ここから怖くなるよ」

わたしは、こんなのどかな風景のなかで、怖いことなど起こるわけがないと思っていました。

まあ、当時のわたしの怖いことといったら白いシーツをかぶったようなお化けですとか、夜中の寝ているあいだにやってくるヘビですとか、そういった子どもじみたものだったのでしょうけど。

本はまだしばらく、広島市の日常の朝の風景を描いていました。

が、めくると突然真っ白なページがあらわれ「ピカッ」という文字が。

そして、その次のページからは広島市に落とされた原子爆弾の風圧と熱によってカラダが崩壊していく人々の姿が、ページをめくってもめくっても続いていきました。

それはまさに地獄。わたしは途中で「もうやだ!」と、本を閉じてお姉さんに突きつけたのを覚えています。

お姉さんはしたり顔で「怖かったでしょ?」とわたしに言いました。

記憶が曖昧ですが、泣きながらわたしはお姉さんを張り倒してしまったように覚えています。

pikadon

たくさんの子供たちにトラウマを植えつけたピカドン

絵本のタイトルは「ピカドン」

終戦から23年後の1978年に制作された短編アニメーションのセル画を元に作られた絵本で、上で紹介している動画がそのアニメーションです。

1980年から1990年代にかけては、終戦記念日が近づくとこの短編アニメが自治体ごとの公民館などで、付近の子供を集めて上映されていたようで、それを観た子供たちには、あまりにもグロテスクな被災描写から「トラウマ映画」として印象づけられていました。

わたしも時代を超えて、この映像と絵本から「怖い」という体験をさせてもらいました。

小学1年生の当時はわからなかったのでしょうけど、それから少し大きくなって改めていろいろなことを知り、なによりも原子爆弾という破壊兵器によって、人が人を、さも害虫駆除のように大量殺戮したという事実に恐怖しました。

それからでしょうか、わたしはそれまで道にいるアリやダンゴムシなどの小さな虫を踏み殺せていたのですが、今ではそのようなことは全くできなくなっています。

自分で言うのもなんですが、命の尊さというものを知ったのではないかな? と、思っています。

メイド・イン・アメリカのゲーム動画

今回の記事は自由研究メンバー3人での共同執筆というカタチになっていて、最後の動画は自分が紹介します。

見出しにもあるように、紹介する動画はテレビゲームのものですが、今から10年以上も前の古いもので、当時の現役機種はPlayStation3やXbox360、そして任天堂の初代Wiiとかですね。

戦争ゲームでの被爆体験

2007年に発売されたTVゲーム「Call of Duty: Modern Warfare(コール・オブ・デューティ:モダン・ワーフェア)」は、当時の世界の軍事バランスや兵器を元に「もし、アメリカとロシア間で戦争が起きてしまったら?」という架空のシナリオをプレイするFPS(ファーストパーソン・シューティング)ゲームです。

FPSという自分視点で操作するゲームなので、ゲームの中で起こることはあたかも自分が体験していることのように思えてしまいますね。

ゲームのシナリオの中で、プレイヤーである自分は核弾頭の爆発による被爆体験をします。

ヘリコプターに搭乗していた自分の目線の先で核弾頭が爆破!! 爆風がヘリを襲って、大きく揺れるとコントロール不能に・・・そして、墜落。

気絶から目を覚まし、ヘリコプターから這い出ると、目の前には巨大なキノコ雲が天を貫いています。

爆心地は数十キロ先なのでしょうが、周囲の建物は爆風と熱で崩れ、味方の兵士たちは横たわって動けなくなってしまっています。

やがて自分も動くことができなくなり・・・

Modern Warfare Remastered – Nuke Scene

当時ネット上で論争となった被曝シーン

このシーンは、海外のネット上で大きな話題となりました。

「ヒロシマやナガサキはあのような感じだったのだろうか?」「核兵器の廃絶に賛成」「これは人間の所業じゃない」など、核兵器や戦争に対する反対の声が多く上がる内容となりました。

ゲームをプレイした多くの人は、この追体験によって「核爆弾、原爆の恐怖」を植え付けられたみたいですね。

ただ、同時に日本国内からは「こんな生やさしいものじゃない」「人間の傷つきかたがヌルい」「机上の空論を絵にしたようなもの」といった声が多かったことも確かです。

不謹慎かもしれませんが、わたしたちはこれらの動画や映像を観て「怖い」という感情が、なによりも一番最初に湧いてきます。

そして、間違っているかもしれませんが、わたしたちのような戦争を全く知らない子供たちに、大人たちは、戦争を「怖いこと」として覚えさせてくれているのだと思います。

その怖いことというのは、もしかしたら大人が子供たちに諭す「夜中に口笛を拭いたらヘビが出るよ!」といった迷信的なものと同じレベルなのかもしれませんが、それによって植え付けられた恐怖というものは、例えば近年の、北朝鮮からのミサイル発射という報道だけでも、わたしたちの身を縮こまらせます。

第二次世界大戦をはじめ、近代でもなお続いている紛争や内戦など戦争が起こる原因は、往々にして政治的なものであったりしますが、その思想の食い違いにより起こりうる戦争というものを、事前に抑止するものが「恐怖」という感情でも一向に構わないとわたしは思います。

悪いことをしないように、親が躾(しつけ)をするのは当たり前のことですよね。

人類は、地球誕生の歴史の中でみれば、まだまだ子供、赤ちゃんです。

このような動画や、戦争にまつわる膨大なデータは、これから先に生まれてくるわたしたちの子孫や、その先の人類に、まるで親が子供に諭すように戦争の悲惨さを伝えてくれることでしょう。

そして、それによって心に生まれた「恐怖」が、新たな愚行を起こさなければと切に願います。

最後まで読んでくれてありがとうございました。

また、別の記事でもお会いしましょう。